一人の伝道者との出会い

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1958年(昭和33年)、ひとりのドイツ人青年宣教師ヨハネス・ルスコーが福岡の地に足を踏み入れて、私たちの教会の伝道が開始された。ルスコー兄が路傍や天幕でキリストの福音を語り、九州大学でドイツ語を講じつつ福音を語った結果、当時九大医学部の学生であった下稲葉康之兄が信仰に導かれる。1962年、六本松に小さな集会所が設けられ(現六本松キリスト福音教会)、さらに次年には小さな二階建ての家を借りて「学生ホーム」と称し、学生伝道の拠点として数名の信徒と精力的な伝道が行われた。

香住ヶ丘伝道の始まり

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1966年には、福岡東部の発展が見越されたため、香住ヶ丘3丁目の土地が会堂建築用地として購入された。
また、1967年には、福岡市東区香住ヶ丘2丁目に一軒の家を借り、7、8名の信徒が集まり聖日礼拝が始った。
同年10月、極めて厳しい予算の中で教会の会堂が建築された。小さな教会であったが、信徒たちの実に素朴な、しかし、真実な信仰と献身によって香住丘伝道が始まった。
長年福岡伝道に従事してきたルスコー兄一家が1971年に新しい奉仕の場をアメリカに求めて離福された。(その後、スタンフォード大学留学生チャプレンとなり2012年に召天。)

他地区伝道の広がり

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文教地区であった箱崎地区を皮切りに、対馬伝道・唐津伝道・福間伝道と、伝道の動きが広まってゆく。
1978年には箱崎に会堂(現箱崎キリスト福音教会)、1983年には対馬に会堂(現対馬キリスト福音教会)が建築される。その後、対馬・唐津・福間など広範囲にわたって伝道活動が続いた。

栄光病院との関わり

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週2~3日医師として働きながら、教会に奉仕していた下稲葉師は1980年より粕屋郡の亀山病院と関わることになり、やがて藤江良郎師(現特別医療法人栄光会 栄光病院会長)、折田泰彦師(現特別医療法人栄光会 栄光病院副理事長・総院長、六本松キリスト福音教会牧師)と共にキリスト教を礎とした全人的医療を志す福岡亀山栄光病院が開院された。

香住丘伝道25周年

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1985年から、1967年以来伝道の拠点として用いられてきた旧会堂は、いよいよ手狭となり、新会堂建築が切望された。
多くの信徒たちの祈りと献身によって、1991年には唐原一丁目に建築用地が購入でき、1992年に新会堂(教会の現在の建物)が建設された。
1992年に25年間を顧みて、大小様々の試練や課題に直面していたが、神の民、神の教会として主の御前に立つことが許されていることを最も善きこととして感謝を捧げている。

香住丘キリスト福音教会の現在

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2001年に野村幸生兄が牧師として招聘されて、教会として21世紀への新しい歩みが始った。現在、主日礼拝、日曜学校、聖書学び会、子育てママの会、学生会、婦人会など兄弟姉妹が日々の祈りに合わせて、様々な活動を通して心からの感謝と献身をもって、主を愛し兄弟姉妹に仕え、隣人に主イエス・キリストを証しする教会として進み行きたいと願っている。